12節 「そこで正月の十三日に王の書記官が召し集められ、王の総督、各州の知事および諸民のつかさたちにハマンが命じたことをことごとく書きしるした。すなわち各州に送るものにはその文字を用い、諸民に送るものにはその言語を用い、おのおのアハシュエロス王の名をもってそれを書き、王の指輪をもってそれに印を押した。」

13節 「そして急使をもってその書を王の諸州に送り、十二月すなわちアダルの月の十三日に、一日のうちにすべてのユダヤ人を、若い者、老いた者、子供、女の別なく、ことごとく滅ぼし、殺し、絶やし、かつその貨財を奪い取れと命じた。」

14節 「この文書の写しを詔として各州に伝え、すべての民に公示して、その日のために備えさせようとした。」

15節 「急使は王の命令により急いで出ていった。この詔は首都スサで発布された。時に王とハマンは座して酒を飲んでいたが、スサの都はあわて惑った。」

 

解説 ハマンはくじによって彼の計画を実行するのに最適な日取りを決めました。これは占星術、つまり星占いによるくじ占いだったようです。7節で「アハシュエロス王の第十二年の正月すなわちニサンの月に、ハマンの前で、十二月すなわちアダルの月まで、一日一日のため、一月一月のためにプルすなわちくじを投げさせた」と描かれていました。その決められた日付が「十二月すなわちアダルの月の十三日」(13節)。そしてこの12節以下では、ハマンによるそのユダヤ人抹殺計画がついに実行されたことを描いているのです。

ハマンの実に狡猾な説明の後、「王は手から指輪をはずし、アガグびとハンメダタの子で、ユダヤ人の敵であるハマンにわたした」(10節)。王はハマンにこの計画の全権を委任しました。そして、順次正式な手続きがなされ、その計画が公式のものとして、取り消し不可能なものとして、準備されます。この時に行われた手続きについては、第1章16-22節のワシテの場合も読み直しておきましょう。その時も同じように行われています。

ところで、今日の12a、13節で言われている「十三日」とは、先週も学びましたように、凶を示す数字で、不幸をもたらす日、いわゆる、厄日、という考え方のようです。ただこの13という数字は、バビロニア人やペルシア人にとって凶を示すもので、すると、ユダヤ人にとってより、むしろ、ペルシア人にとって不幸をもたらす日となると、言いたいようにも見えます。物語の後半になるとそれが分かります(8・9-14も参照)

13節の「若い者、老いた者、子供、女の別なく」とは、旧約聖書の原文に近く、つまり老若男女のことで、彼らを「滅ぼし、殺し、絶やし」と、似た意味の言葉が重ねられて、ユダヤ人の全滅、絶滅が強調されているように見えます。出来る限りの表現でそのことが描かれています。本当にとんでもないことが起ころうとしている。計画の首謀者ハマンは、実に執念深い人物だったわけです。丁寧に物語とハマンの動向を見てくると分かることですが、彼のユダヤ人たちに対する態度は実は最初から徹底されたものでした。彼、また彼のような人は悪の天才です。そんなハマンから、誰がユダヤ人たちを救うのでしょうか。

14、15節では、この時のペルシア帝国全土の、またスサの都の、混乱と動揺が窺えます。13節と15節aで「急使」という急ぎの使いが送られたことが描かれ、その様子がよく分かります。この「急使」とは、特に王の用命のために派遣される者たちで、特別に育成された馬に乗ってその務めを果たしたようです(8・10、14aや、Ⅱ歴代志30・6aも参照)。現代で言う速達を持ち運びました。

しかし、そのようなパニックとなっているにも関わらず、「王とハマンは座して酒を飲んでいた」(15節b)。ハマンの計画を王の命令による国家的な政策として発布したにも関わらず、当人たちは、このように振る舞っていたわけです。

 

    聖句は『聖書』口語訳より                               戻 る

 輪島教会は、日本最大の福音主義教会(プロテスタント教会)である日本基督教団を、約1700の教会と共に形成する教会です。

 統一教会(原理運動)、モルモン教、エホバの証人、街角に黒い看板を張り付ける団体などとは一切関係がありません。